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先日、親戚の法事があった。 延べ30分位であろうか、お坊さんにお経を読んでもらうのが主である。 お経とは、流行りの音楽のように特に楽しいこともなく、この30分が長いと感じる こともある。 しかし、その中で気づいた点がある。 法事と称して先祖の供養をしているが、実は現世に生きる人間の修行の場ではないだ ろうか。 お経とは楽しくも面白くもない。 しかし、その時間が我慢できないようでは、何をやっても我慢できないのではないだ ろうか。 子供のころは面白くないなどの一辺倒の考え方であったが、大人になるにつれそれら を考えるようになり、言わば法事という行事を通じて、我慢することや、人間のある べき姿などを考え、総合的に人間として成長する(させる)場なのであろう。 面白楽しい場より、辛い場の方が人間は成長できるように感じる。 法事とは、人の死というものを通じて、現世に生きる人を成長させる場のように感じ る。 過去の人たちは、そのことを伝えたように思う。 |
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